あまかのんの戯言

やりたいことなし、友達少なし、彼女はもちろんなし、そんな私が自分に自己肯定感を持つための模索の日々を綴る

いやな気分よ、さようなら

 

〈増補改訂 第2版〉いやな気分よ、さようなら―自分で学ぶ「抑うつ」克服法

〈増補改訂 第2版〉いやな気分よ、さようなら―自分で学ぶ「抑うつ」克服法

 

ここ1~2月ほど抑うつ気分が続いていて、いろいろなことができなくなっていた。

部屋には一杯になったゴミ袋が残り、食器は汚れたままで、床にはゴミやら本やらが散乱していて、最後にいつ掃除機をかけたのか記憶にない。

そんな生活環境の中でも5月頃は自分が好きな読書、マンガ、アニメ、プロ野球…といった暇つぶしはしていて、それなりに退廃的な一人暮らしを楽しんでいたのだけれど、それもできなくなっていた。ベッドで横になっていることが多くなり、外に出るのはスーパーに行くときぐらい、という社会的ひきこもり状態。

ただここに来てあまりの退屈さに飽きたのか、少しだけ精神状態が戻ってきた。こうして文章を打つ気力があるのがその証拠。別に将来への不安が払拭されたわけでも、人間関係が発展したわけでもないし、部屋は相変わらず汚いままである。ただほんの少し気持ちが上向いた、というだけだ。

私は昔から自己肯定感がまるでなく、メンタルも弱かった。だから1つの失敗を引きずり、長く落ち込むことが多い。何度も短いポジティブ期と永遠にも感じるような長いネガティブ期を繰り返して生きてきた。だけれどもこんなことを繰り返していては、永遠にこの憂うつな蟻地獄からは抜け出せそうもない。このまま何もしなかったらきっとこのポジティブ期もすぐに終わる。だからそれを断ち切るために、1つ手を打つことにした。その手とは「認知療法」である。

認知療法」とは自分の物事に対する考え方を変えるもの、らしい。ここ数か月ネットのうつ病診断を繰り返して自分のうつ度合を確認する度に精神科に行ってみようかと繰り返し悩んでいた。けれど、ネットで心の病に悩む人々の事例を読む限り、私はそこまで重症ではないと自己判断し、とりあえずは自分で自分の考え方を変える努力をしてみることにした。タイトルの「いやな気分よ、さようなら」は認知療法のために私が購入した本である。この本をゆっくり読みながら自分のことを見つめ直し、少しずつ柔軟な考え方を持てるようにしたいと思う。